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瞑想

『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕』(スマナサーラ長老)の内容

『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』(スマナサーラ長老)の内容

をご紹介します。

・これから慈悲の瞑想を始めたい方

・慈悲の瞑想の理解を深めたい方

・携帯バージョンの慈悲の瞑想を深めたい方

・フルバージョンの慈悲の瞑想を実践したい方

はぜひご覧ください。

ポイント

スマナサーラ長老の『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』では、携帯バージョンフルバージョンの2種類の慈悲の瞑想が紹介されます。

携帯バージョンの慈悲の瞑想は、誰でも簡単に暗記できる省略した慈悲の瞑想です。

一方フルバージョンの慈悲の瞑想は、すべて暗記するのに時間のかかる、省略されていない慈悲の瞑想です。

本書は主に、フルバージョンについて解説していますが、フルバージョンは携帯バージョンを包括しているので、携帯バージョンを実践している方にも役立ちます。

この記事の最後に、参考として慈悲の瞑想の携帯バージョンを引用しました。

『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕』(スマナサーラ長老)の内容

スマナサーラ長老の『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』は、慈悲の瞑想のフルバージョンについて丁寧に解説した本です。

この記事では、スマナサーラ長老の『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』の内容を

第一部:「慈悲の瞑想」の心得

第二部:「慈悲の瞑想〔フルバージョン〕の実践」

Q & A

の順にご紹介します。

ポイント

スマナサーラ長老の『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』では、携帯バージョンフルバージョンの2種類の慈悲の瞑想が紹介されます。

携帯バージョンの慈悲の瞑想は、誰でも簡単に暗記できる省略した慈悲の瞑想です。

一方フルバージョンの慈悲の瞑想は、すべて暗記するのに時間のかかる、省略されていない慈悲の瞑想です。

本書は主に、フルバージョンについて解説していますが、フルバージョンは携帯バージョンを包括しているので、携帯バージョンを実践している方にも役立ちます。

この記事の最後に、参考として慈悲の瞑想の携帯バージョンを引用しました。

第一部:「慈悲の瞑想」の心得

第一部の「慈悲の瞑想」の心得では、生命の心の性質や、幸福になれない生命のシステム、慈悲の瞑想を実践するべき理由について解説しています。

以下で第一部の内容を、一章ずつ簡単にご紹介します。

第一章:「ありのままここころ」を理解する

第一章では、人間や動物を含めた、すべての生命に共通のこころの法則が紹介されます。

以下の引用が、この章の内容を端的に表しているのではないでしょうか。

どうして、「幸せにしてあげたい」と一生懸命頑張っても、そうならないのでしょうか?その理由は、こころが悪に向かって回転するようにできているからなのです。善の方向に持っていくためには、すごく苦労しなければなりません。お釈迦様はこのことについて、「生命は幸福になりたいと思って、不幸になることを選んでやっているのだ」とおっしゃいます。不幸になることを喜んで選ぶのです。不幸になることを選んだやるのであれば、当然不幸になるでしょう。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

上記の通り、人間のこころは悪に向かって回転するようにできています。

たとえばいじめを受けたり、誰かに嫌な思いをさせられたりしたとき。

さっさと忘れてしまえば楽なのに、何年も何年も相手のことを恨み、憎しみ続けてしまいます。

一方で人の優しさに触れたとき。

いつまでも覚えていれば幸せを感じられるのに、優しくされたことや助けてもらったことは、すぐに忘れてしまいます。

このことからわかるのは、生命のこころは、慈悲よりも恨みや憎しみをやりたがっているということです。

いつの時代も紛争や戦争が絶えず、人々が争い合っていることからも、生命のありのままのこころを理解できるのではないでしょうか。

仏教は、こうした悪い方向にしか向かわないこころを躾け、治すことを目標にしています。

第二章:世にはびこる「だまし」の技術

第二章では、「ご機嫌取り」「だまされたいこころ」の問題について紹介しています。

以下の引用が、「ご機嫌取り」を端的に表しているのではないでしょうか。

世の中には、「ご機嫌取り」という一大トレンドがあります。これがまた、問題をいっそう深刻にします。みんなの機嫌をとって、みんなの気持ちに合わせて、気持ちに適したことをしゃべると認められるという困った状況があるのです。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

誰もが「人から認められたい」と思って生きています。「拒絶されたい」と思っている人はいません。

こうしたこころの法則があるせいで、人は大勢から認められるために、平気で「だまし」をプロデュースしてしまいます。

わかりやすい例が映画です。

映画は女優さんや俳優さんが演技をする騙しの世界なのに、みんながそれを喜んで鑑賞するから、人間に欠かせない娯楽の1つとなっています。

ではなぜ真理とは程遠い「だまし」に、人はまんまと騙されてしまうのでしのうか?

これは受け手の方に、「だまされたいこころ」があるからです。

真理を語られると、誰だって耳が痛いものですよ。ギリシャのソクラテスだって、毒を飲んで死ななければいけないはめになったでしょう?世の中とはそういうものですよ。法則の話を聞くと、「なんだこれは、嫌だなぁ」となってしまう。つまり、「こころはだまされている状態を望む」ということなのです。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

「良薬は口に苦し」とはよく言ったもので、人は自分にとってためになることや、世の中の真理を聞くと、「嫌だなぁ」と感じてしまいます。

ブッダの教えに耳を傾け、修行すれば幸せに生きられるはずなのに、実践している人はほとんどいませんよね?

一方で映画や音楽のような騙しの世界には、どっぷりと浸かってしまいます。

第三章:幸福になれない生命のシステム

第三章では、一個の生命の幸福のために、他の生命が不幸になるシステム=輪廻について紹介しています。

生命一個の幸せは、他の生命の命を脅かす多大な迷惑なのです。文学的な言葉で言えば「悪魔の仕組み」なのです。仏教が使う言葉は「輪廻」です。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

上記の通り、生命一個の幸せは、他の生命にとって多大な迷惑です。生命一個が幸せになると、必ず他の生命が不幸になるのです。

以下に第三章で取り上げられている具体的な例をご紹介します。

・お金を稼げば稼ぐほど、他者のお金が減る

・人間が釣りを楽しむと、魚が死ぬ

・母鳥がヒナにえさをを与えると、多くの生命が犠牲になる

・ヘビがカエルを丸呑みすると、カエルが犠牲になる

・人が肉や魚を食べると、多くの生命が犠牲になる

一個の生命の幸せが、他の生命の不幸を生み出しているのがわかると思います。

それではなぜ生命は、一個の生命の幸福のために、他の生命が不幸になるシステム=輪廻からから抜け出せないのでしょうか?

答えは以下の引用にあります。

私たちが自我という錯覚・幻覚にとらわれているからです。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

「私がいる」に本気だから、その私と対立する他人も確固として存在することになる。そして、「私の幸せのためには、他人から私を守らなくてはいけない」という観念に憑りつかれるのです。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

上記の通り、私たちが一個の生命の幸福のために、他の生命が不幸になるシステム=輪廻から抜け出せないのは、自我の錯覚のせいです。

本当は「私」なんてものは存在しません。(無我)「私」を「私」たらしめるものをいくら探しても、どこにも見つからないのです。名前も体も思考も感情も魂も、何もかも「私」ではありません。

それなのに生命は本気で「私がいる」と思っていて、「私」の幸せばかりを追い求てしまうから、結果として他の生命を敵に回してしまいます。

仏教では、一個の生命の幸福のために、他の生命が不幸になるシステム=輪廻から抜け出すために、解脱をするか、長い間罪を犯さないでいられる場所(天界や梵天)に一時避難することを目標に修行します。

第四章:生きることの根本

第四章では、第三章で前述した、一個の生命の幸福のために、他の生命が不幸になるシステム=輪廻の中で苦しまないために、生命がやるべきことが紹介されます。

たとえ解脱に達することができなくても、罪を犯さずに生きるためには、慈悲の瞑想を実践するしか方法がないのです。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

上記の通り、慈悲の瞑想を実践すると、解脱まで達することはできなくても、長い間罪を犯さないでいられる場所(天界や梵天)に一時避難できます。

そして慈悲の瞑想を実践するうえで大切なのが、他の生命とすみ分けをすることです。

生命は他の生命に依存しなければ生きていられません。だからこそ、お釈迦様はすべての生命に慈悲を推薦するのです。私がここにいるという事は、無数の生命の協力があったおかげなのです。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

一個の生命は、他のすべての生命と相互に依存して初めて成り立ちます。

ですので罪を犯さずに生きるためには、他の生命と上手にすみ分けをしなければなりません。

たとえば熊が山から人のすみかに降りて来たとき。

人が大騒ぎをしたり熊を脅かしたりしなければ、熊も人の縄張りに入ってしまったことに気付き、さっさと山に帰っていきます。

こうしたすみ分けの大切さは、もっともっと小さな単位である細胞組織を観察しても理解できます。

人が元気に生きられるのは、身体の中の莫大な数の細胞が、それぞれの役割を果たし、互いに協力し合って生きているからです。

もしどこか1つの細胞組織にトラブルが起きたら、他のすべての細胞組織に影響が及んで、命に危険が伴います。

第五章:慈悲の生き方

第五章では、脳が壊れる現代人の生き方と、仏教が推薦する慈悲の生き方を紹介しています。

以下の引用が、脳が壊れる現代人の生き方を端的に表しています。

お金さえあれば仏様、神様も、ブッダも誰もいらない、となってしまった。そういうふうに気持ちだけ、いきなりアメリカ流の物質中心主義になってしまったのです。そのような考え方に染まると、みるみるうちに人々の脳が壊れていきます。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

上記の通り、お金を追い求めるばかりで道徳や慈悲を疎かにすると、脳が壊れ、精神病や認知症にかかります。

仏教の信徒が多いスリランカでさえ、認知症になる人が増え始めているのです。

それでは脳が壊れない、仏教が推薦する生き方とはどんな生き方なのでしょうか?

本当に確定しているのは、常に協力、常にネットワーク、常にgive and takeであるということです。そのように理解して生きれば我々は平和に生きることができて、トラブルも極力少なく生きられるので余裕が生まれます。

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

上記の通り、仏教が推薦する生き方は、

・すべての生命を心配し、協力する

・自分の命が、他の生命の協力によって成り立っていることを認める

・他に貢献することで初めて、自分も生きられることを認める

です。

たとえば、人の役に立てるように仕事をしたり、虫やゴキブリのような、身の回りにいる小さな生命を殺さないように配慮したり…

このようにいつも他の生命に慈悲を向けていれば、自分も幸せに生きられます。他の生命とのトラブルも少なく、平和に生きられます。心に余裕が生まれます。

ここまでくれば、解脱を達成できなくとも、罪を犯さないでいられる天界や梵天に一時避難して、長い間幸せに生きられるでしょう。

第二部:「慈悲の瞑想〔フルバージョン〕」の実践

第二部の「慈悲の瞑想〔フルバージョン〕」の実践では、慈悲の瞑想(フルバージョン)を

①「私は幸せでありますように」

②「私に、他者に対する慈しみの気持ちが現れますように」

③「すべての生命へ兄弟」

④「私は、釈尊の言葉を念じます」

⑤「こころは空気のように」

⑥「こころは大地のように」

⑦「皆、業を相続します」

⑧「エゴの錯覚」

⑨「苦しむ世界で苦しみなく」

⑩「慈しみの拡大」

の10個のセクションに分け、それぞれのセクションを実践する際のポイントや、フレーズの意味、慈悲の瞑想(フルバージョン)を日常に応用する方法を解説しています。

たとえば①「私は幸せでありますように」のセクションでは、

・なぜ真っ先に私の幸せを願うのか

・私の幸せを願うことは、エゴイズムではないのか

・「私は幸せでありますように。」を日常で実践する方法

などが丁寧に解説されます。

Q & A

Q & Aでは、

・嫌いな生命との関わり方

・四無量心(慈=メッター、悲=カルナー、喜=ムディター、捨=カルナー)の育て方

・慈悲の瞑想にでてくる「忍耐」と我慢の違い

・慈悲の瞑想に出てくる「悟りの光」とは何なのか

・慈悲の瞑想をする際に、具体的な人や身近な人を思い浮かべても良いのか

・慈悲の瞑想とヴィパッサナー瞑想の関係

・「自我の錯覚」から抜け出すにはどうすれば良いのか

といった、慈悲の瞑想を実践する人が抱えがちな疑問に、スマナサーラ長老が丁寧に答えています。

『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕』(スマナサーラ長老)を読んで、慈悲の瞑想を深める

スマナサーラ長老の『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』を読むと、フルバージョン携帯バージョンに関わらず、慈悲の瞑想が深まります。

なぜなら本書は、慈悲の瞑想のフレーズの意味や、唱える際のポイントについて丁寧に解説してくれるからです。

たとえば慈悲の瞑想は、フルバージョンも携帯バージョンも「私」の幸せを願うセクションから始まりますが、「私」の幸せを真っ先に願う理由や、「私」の幸せを願う際のポイントを理解していた方が、慈悲の瞑想は深まるでしょう。

同じように、フルバージョンにも携帯バージョンにも出てくる「悟りの光」の意味を理解していた方が、慈悲の瞑想は深まるはずです。

・これから慈悲の瞑想を始めたい方

・慈悲の瞑想の理解を深めたい方

・携帯バージョンの慈悲の瞑想を深めたい方

・フルバージョンの慈悲の瞑想を実践したい方

は、ぜひスマナサーラ長老の『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』を読んでみてください。

共感能力が上がる

・思いやりの行動が増える

・人付き合いがよくなる

孤独感が和らぐ

・怒り、嫉妬、憎しみの感情が小さくなる

・愛や喜び、感謝、満足感、希望、誇り、興味、楽しみ、畏敬の念などのポジティブな感情が増大する

・幸福度が上がる

・細胞の老化を防ぎ、アンチエイジングができる

・うつの症状が軽減される

・身体的にも健康になる

といった様々な効果を実感できるはずです。

参考:慈悲の瞑想の携帯バージョン全文

スマナサーラ長老の『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』では、携帯バージョンフルバージョンの2種類の慈悲の瞑想が紹介されます。

携帯バージョンの慈悲の瞑想は、誰でも簡単に暗記できる省略した慈悲の瞑想です。

一方フルバージョンの慈悲の瞑想は、すべて暗記するのに時間のかかる、省略されていない慈悲の瞑想です。

記事の最後に、参考として携帯バージョンの慈悲の瞑想をご紹介します。

私は幸せでありますように

私の悩み苦しみがなくなりますように

私の願いごとが叶えられますように

私に悟りの光が現れますように

私は幸せでありますように(三回繰り返し)

私の親しい生命が幸せでありますように

私の親しい生命の悩み苦しみがなくなりますように

私の親しい生命の願いごとが叶えられますように

私の親しい生命に悟りの光が現れますように

私の親しい生命が幸せでありますように(三回繰り返し)

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように

生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように

生きとし生けるものに悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように(三回繰り返し)

私の嫌いな生命が幸せでありますように

私の嫌いな生命の悩み苦しみがなくなりますように

私の嫌いな生命の願いごとが叶えられますように

私の嫌いな生命に悟りの光が現れますように

私を嫌っている生命が幸せでありますように

私を嫌っている生命の悩み苦しみがなくなりますように

私を嫌っている生命の願いごとが叶えられますように

私を嫌っている生命に悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように(三回繰り返し)

引用:アルボムッレ・スマナサーラ著『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』

『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕-人生を開花させる慈しみ-』は、主にフルバージョンについて解説していますが、フルバージョンは携帯バージョンを包括しているので、携帯バージョンを実践している方にも役立ちます。

携帯バージョンの慈悲の瞑想を実践している方も、ぜひ本書を読んで、慈悲の瞑想を深めてみてください。